●[日々]原爆の日(ヒロシマ)
本日08:15、一分間の黙祷をしました。
そして8/9 11:02、やはり一分間の黙祷を捧げます。
この日記はちょっと言葉がキツイかも。
戦争関連の話題には、敏感なのです。
戦争の記憶。
それは私にはないものだ。
強いて言えば、祖母の話や、学校での戦争(反省)教育、街の至る所に存在する原爆の傷跡、そんなものが私の戦争の記憶だった。
高校を卒業し、初めて県外で一人暮らしを始めたとき、まず最初に感じたギャップは、大東亜戦争についての認識の深さだった。ほとんどの人間は、原爆投下日なんか知らなかったし、戦争終結日だって知らなかった。
そんなのってない、と思う。
先日、ある投書で「学校で戦争についての教育は受けなかった。朝鮮併合や、強制連行なんて今になって初めて知った。僕らはもっと歴史を知るべきだ」なんてことが最もらしく書いてあって、ひどく落胆してしまった。
少なくとも20年前の教科書には当たり前のようにそこらは書いてあった。小学校の教科書ですらね。
記憶にないというのは、単純に興味が無かったから覚えていなかっただけの話だと思う。
朝鮮併合や強制連行についての解釈についても、日本側の横暴だという意見も多く見らるけれど、そこらへんも生徒レベルでちゃんと議論してた。(そもそも朝鮮併合は国と国との正式な手続きの上で行われたもので、一方的な侵略でないことは残されている当時の資料が語っている。現地統制や当時の背景については議論が分かれるが、その点に触れずに一方の意見のみを持ち上げて議論するのは卑怯だ。)
こういった、今更に平和主義を語っている人ほど、ちゃんと物事を見ていない。
若い人の多くは「日本は侵略を行い、各地で虐殺を行った。」という認識だけれど、戦争終結時、どれだけの日本人が満州から帰ってくる間に虐殺されていたのかや島根の拉致事件など、そういったところは一切見ていない。戦後補償だって国際条約にのっといて莫大な賠償金を支払っている。
そこを見ないで、今更「もっと僕らは戦争を知らなければならない」とか言われても、説得力はないし個人的には、一時のヒーロー気取りな発言は気に障る。
知りたいので有れば、一番身近な戦争の証言者の爺さん婆さんに話を聞いてみればよいだけではないか。それすらもしてないとすれば、あくまでも上辺だけで、そういう発言をしたことで自己満足に陥っているだけだ。
そもそも終戦記念日、それすらも意識してないまま生活していたのか?
原爆は地域性もあるだろうからしょうがないとしても、寧ろそちらの方が驚きで疑問であるが…。
話が逸れた。
兎も角も、原爆というものは子供の頃から身近だった。
原爆が落とされたことは非常に悲しいことだったが、あの時代しようがなかったのかもしれない。
しかし、戦争の是非はおいておいて、自らの意志で戦争に出向いていかなかった人間までもが無差別に犠牲になったことだけは、未来に向けて教訓として語り継いでいかなければならない。
ただ、注意しなければいけないのは、平和と国防を同列に考えてはいけないことだ。
平和平和と叫ぶだけで、世界平和が達成出来るのならば、今、この瞬間、紛争地域なんて地球上には存在しないはずなのだ。


